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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)57号 判決

原告 牧野覚

被告 神村鉄工株式会社 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三十一年抗告審判第二、七二〇号事件について、特許庁が昭和三十二年九月十三日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十六年三月十二日出願にかかる登録第三九六、六九二号実用新案「街路屋根の排水装置」の権利を有するものであるが、被告等は昭和二十九年一月二十日右実用新案の登録無効の審判を請求したところ(昭和二十九年審判第三五号事件)、特許庁は、昭和三十一年十一月十五日右実用新案の登録を無効とする旨の審決をなし、原告は同年十二月二十五日右審決に対し抗告審判を請求したが(昭和三十一年抗告審判第二、七二〇号事件)、特許庁は昭和三十二年九月十三日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年十月八日原告に送達された。

二、審決の要旨は、本件実用新案は昭和二十六年三月十二日に登録出願されたものであるが、被告等が特許庁に提出した証拠中の「東京都建設局起案第六〇〇号原議」(本件における乙第二号証の一ないし八及び第三号証の一、二、三にあたる。)中にある図面と同じ内容の図面が、本件実用新案の登録出願前である昭和二十六年二月二十日以降東京都建設局において関係者に自由に閲覧される状態におかれて公知となつていたことが認められる。そして右図面に記載したものは、本件登録実用新案と類似の範囲を出でないものであるから、その登録は、実用新案法第十六条第一項第一号、第三条第一号により無効とすべきものであるとしている。

右図面は、本件実用新案権の実施権者である訴外日米金属建物株式会社(その代表者は原告)が作成したもので、これに記載されたものが、本件実用新案を実施したもので、これに類似する構造を有するものであることは、原告もこれを争わない。

三、しかしながら審決は、次の理由によつて違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  特許庁が昭和三十一年十月二十二日職権によつてなした証拠調の記録には、「東京都建設局起案第六〇〇号原議施行日昭和二十六年二月二十日以降は、関係者には閲覧を自由に認めるものである。」と記載してあるにかかわらず、審決は、「一件書類とともに昭和二十六年二月二十日以降閲覧を拒むことなく公知の状態にあることは、職権によつて調査したところによつて明らかである。」と歪曲している。また右記録中の「関係者」とは特定の者を指称し、不特定多数人でないことは明らかに肯定せられるところであり、かつ官公庁における原議書類はおおむね秘扱で、その施行後にあつても、添付図面書類等を何人にも自由に閲覧し得る状態におかれることは、常識的に考えられないことであるのにかかわらず、これによつて公知事実を認定した審決は判断を誤つたものである。

(二)  実用新案法第三条第一号にいわゆる「公知」とは「不特定多数人に知られ得る状態におかれたこと」をいうものであることは疑のない点である。しかるに前記記録においては、「関係者には自由に閲覧を認めるものである。」とのみ記載され、その関係者の何人であるかは何ら審理していないので、その範囲、人数を知ることはできず、これによつてなした「公知」事実の認定には何ら具体性がない。

(三)  審理記録には「関係者」と明記されており、自由に閲覧できる者は関係者に限定され、不特定多数人ではない。更に「関係者には」とある限り閲覧をなす場合には関係者であることを少くとも証明することが必要であつたと思料されるので、関係者以外の不特定多数人が閲覧できる状態にはなかつたといわなければならない。

(四)  審決にいう「関係者」が、もし仮りに原議添付書類である趣意書に連名されている小林晴男、井上栄一、中西仲五以下二十名(審理記録に以下二十三名とあるのは誤りである。)を指すものであるとしても、この二十三名の閲覧によつて図面が公知に属するとすることは、前述のように不特定多数人に知られることを要する実用新案法第三条第一号の規定に該当すると認めることはできない。更に趣意書において工事者及び商店組合の協力事項として、「全国嚆矢の街路屋根を建設すること云々」と書かれていることよりみれば、これら二十三名は暗黙のうちにも、この原議添付図面である街路屋根の考案を秘密にする特約が存在したものと容易に考えることができる。又工事者は街路屋根の考案者である原告を代表者とする日米金属建物株式会社であるから秘密を守るのは当然である。従つて二十三名の者が不特定多数人である関係者以外の者に図面の内容を発表したとする事実が明らかにされない以上は、公知となすことはできないものと信ずる。

第三被告等の答弁

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張はこれを争う。

(一)  審決にいう「東京都建設局起案第六〇〇号原議」詳細にいえば、東京都建道収第六〇〇号昭和二十六年二月二十日付、東京都知事の浅草新仲見世通西部会代表日比野繁雄に対する「公共用歩廊設置のための道路占有許可」の書面及びその付属書類は、同日以降東京都建設局道路部管理課において、求めに応じて自由に閲覧を許していたのである。土建工業、鉄工業者、街路屋根の製作販売を希望する者、商店主、その他にして街路屋根の設置を希望する者は、同課に申し出れば、即座に閲覧を許されたのである。現に被告代理人弁理士長尾貞吉及び被告神村鉄工株式会社代表者神村清も昭和二十八年十二月頃同課に赴き記録の閲覧を求めたが、特に地位、身分を確められることなく、直ちに閲覧を許可された。

(二)  原告の実用新案権を実施せんとした訴外日米金属建物株式会社は、つとに昭和二十五年十一月七日以前に、東京都台東区浅草雷門二丁目三十一番地飲食店小林晴男外二十二名の商店主に対して、この実用新案の内容たる考案を開示して説明している。右二十三名は、商店主のみを数えたので、同一の商店に属する使用人又は家族の人数を加えれば、一層その数は増加する。また右の人々はたまたま勧誘に応じて街道屋根の設置を希望したに過ぎないのであつて、本件の考案が特に前記雷門二丁目三十一番地、三十三番地に居住の人々のみを対象としたものではない。従つて本件考案はすでにこの時において不特定多数の人々に了知されている。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争のない事実及び弁論の全趣旨によれば、審決のいう「東京都建設局起案第六〇〇号原議」中にある図面(本件における後記乙第二号証の七、八にあたる。)は、本件実用新案権の実施権者である訴外日米金属建物株式会社の作成にかかり、これに記載されたものは、右実用新案を実施した、これと類似の構造を有するものであるから、果して右図面が、本件実用新案登録の出願された昭和二十六年三月十二日以前において、公知となつていたものであるかどうかについて判断する。

その成立について争のない乙第二号証の一ないし八、乙第三号証の一、二、三と証人佐々木辰治、長尾貞吉の証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、東京都台東区浅草雷門二丁目三十一番地及び三十五番地のいわゆる浅草新仲見世通西側に店舖を有し、新仲見世通西部会を組織する訴外日比野繁雄外二十二名は、昭和二十五年十一月相はかり、同商店街に日除、雨覆、公共用歩廊を新設することとなり、これが設計、施工を、本件登録実用新案について実施権を有する訴外日米金属建物株式会社に依頼した。同会社は直ちに本件実用新案を実施した設計書(乙第二号証の七、八)及び仕様書等を作成して同人等に交付したので、日比野繁雄はこれら書面を添付して、昭和二十五年十一月二十二日新仲見世通西部会の代表として東京都知事に公共用歩廊設置のための道路占用の許可を出願した。これが出願を受けた東京都知事は、消防署、警察署、建設局、道路管理者等の係官をして、右願書を検討、協議せしめた上、昭和二十六年二月二十日東京都建道収第六〇〇号を以て、同人等の出願を許可するとともに、同日以降前記設計書を含むこれら出願書類の一切を、建設局道路部管理課に存置し、閲覧を希望する者には、特に資格等を詮議することなく、閲覧せしめていたものである。

以上認定の事実によれば、前記設計書は、少くとも審決が認定した昭和二十六年二月二十日以降においては、特に黙秘の義務を有せず、また期待し得ない一般第三者の閲覧することができる状態にあつたものであるから、本件実用新案は、その登録出願前国内において公知のものといわなければならない。

三、してみれば、右と同一の認定のもとに、本件実用新案の登録は、実用新案法第十六条第一項第一号、第三条第一号により無効とすべきものとした審決は適法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は、その理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決したた。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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